March 22, 2016

らん

制作者:吉武 勇人
分類:不切正方形1枚・アレンジ作品

原作:"フェニックス"
原作者:神谷 哲史

用紙:79 cm まんだら
全長:38 cm × 25 cm × 14 cm

LUAN

Arrangement・Production:Hayato YOSHITAKE
Category:Single Square-paper Folding without Cutting・Arranged

Original work:"Phoenix"
Design:Satoshi KAMIYA

Paper:79 cm
Dimention:38 cm × 25 cm × 14 cm




2年ぶりにこの作品を折ることになりました。
前回は鳥類として破綻しないことをテーマに調整しましたが、この作品自体がもともと写実性を追ったものではないために、難しい箇所がわかってきました。
結論として、自分の路線を深化させていくにはより根本的に手を入れる必要があるということがわかりました。

前作から時間が経ってもなかなか具体的なイメージを抱けず、紙を取る気になれませんでしたが、あるときぱっと翼のポージングが頭に浮かんできたことで一気に制作熱が高まりました。

テーマは鳳凰の一瞬の動きを切り取り徹底的につくり込むこと。
フェニックスではなく鳳凰として、可能な限り実在感のあるかたちを目指しました。

やわらかい折りが施せるようにまんだらという和紙を使い、細部までつくりこむために全紙から切り出したサイズを選択。
実際に制作に入るとあらゆる箇所が予想以上にとんとん拍子で進み、かなりのハイペースで最終的な折りが決まりました。

結果、本当によいものができました。

ひとつひとつの造形について書いていきたいと思います。

1. 頭部
今回はフェニックスではなく鳳凰をつくるつもりでいたので、冠羽をくるくるしてみたり、肉垂れをつけたりといったことを行うことにしました。
そこで原作では頭頂部に丸めていたカドを上嘴に割り当て、使うカドを下げていくことで無理なく肉垂れを折り出すことができました。
嘴ははじめ鷲のように太くしようと思いましたが、試すうちに細い方が高貴なイメージになる気がしてきて一旦はそのようにしました。
しかしどうしても猛禽類的な嘴のイメージから離れられず、結局少し太めのスタイルとなりました。
頭頂部の冠羽はそれっぽく丸めて、それ以外のものはやわらかい曲線でなびかせました。
角ではなく冠羽なので、重力で垂れ下がる感じや風でなびく感じを表してみました。

冠羽は先端に飾りがついているイメージ


2. 翼
制作前に浮かんだイメージは、片方の翼は広げて、もう片方はたたんでいるというものでした。
折り紙作品では、たたんだ翼ははじめからたたんだかたちとして折られることが多く、フルサイズの翼を正しく折りたたむというタイプの作品はほとんどありません。
ですが鳥類については少しばかり知識もあるので、どうにかなるという見込みはありました。

厳密にはおかしい部分もあるが雰囲気は出ているはず

どちらかというと苦労したのは広げた翼の方です。
原作の翼の形はつけ根になるにつれて細くなるもので、一般的な鳥の翼の形とは異なるため、写実性を追求すると大きな問題になります。
しばし悩みましたが、ここはどうがんばっても解決することは難しいとわかり、妥協しようかと思っていたとき、オオフウチョウの丸い翼が目に浮かびました。
確認したところ、思った通り丸いかたちだったので、フウチョウ類をモデルにするということで手を打ちました。
フウチョウは極楽鳥とも呼ばれるくらいなので、そういう意味でも鳳凰のモチーフには合っていたのではないでしょうか。
造形でこだわったのは、翼の裏表どちらから見ても成立するようにすること、風切り羽と雨覆を意識したつくり込みを行うことです。
原作ではどちらかというと翼の腹側をかっこよく見せる造形が施されていますが、今回は背面側もそれっぽく見えるように工夫しました。
風切り羽と雨覆いの境界は、ヒダをいい位置に折り返すことで何となくではありますが表現してみました。
風切り羽の先端の処理も意外と悩みましたが、裏表どちらから見ても変な線が出ないように処理しました。

1点から扇のように羽が生えている

一部細かい段折りで羽の枚数が増えている

さて、少し話がそれますが、ここでひとつ提言しておきたいことがあります。
折り紙作品の翼における段折りの向きについてです。
興味のない方はとばしてください。
折り紙では鳥の羽を表現するのに段折りを繰り返すのが定石ですが、その際に「背面から見て翼の先端に向けて階段のように下がっていく」ものと逆に「上がっていく」ものがあります。
シンプル系からコンプレックスまで、その点に注目してざっと眺めてみたところ、両者の割合はほぼ半々でした。
ですが実際の鳥類では、種類に関係なく「下がっていく」並びになっています。
よって羽の重なりを意識する場合は、前者の「下がっていく」段折りがより正確となります。
もちろん実際の向きと合っている必要はないと思われる方もいらっしゃるでしょうが、個人的には「向きは2通りしかないのだから合っている方がよいだろう」と思います。
特に翼の表現に注力したコンプレックス作品では見せ場ですから、きっちりおさえてほしいところです。
ではなぜ半々に割れるかということですが、おそらく折り紙ではもともと段折りという技法において、その向きにそれほどこだわらない傾向にあることが原因の一つだと思います。
「両側で段折り」などは多くの場合向きにこだわりませんし、伝承の「折り羽鶴」のような場合はそもそも向きがありません。
ほかに考えられる原因としては、「上がっていく」段折りの方が翼が上向きになってイメージに合う、ということが挙げられると思います。
飛行機でも上反角を持ったものが多いですし、鳥が滑空するときなどは少しV字型に翼を広げていることが多いですよね。
いずれにしても、段折りの向きはおそらく無意識に決められているのだと思います。
ということで、言われてはじめて意識が向くということもあると思うので提言してみました。

3. 胴
原作では翼の存在感を高めるためか、おそらく意図的に胴体のボリュームが抑えられていますが、実際の鳥類は「鳩胸」ですので、胸から胴にかけてボリュームを増す必要がありました。
はじめは尾羽の沈め段折りによってできるたくさんの細いヒダを広げて対処しようと考えていましたが、首のつけ根にあたる22.5°線からなる領域をふくらませることで、すんなりとできてしまいました。
胸の部分は紙が立体的に重なっていて、柔らかく見えつつもどこか鎧のようなかっこよさがあって気に入っています。
またこれに伴って、原作で胴体として使われていたカドは尾羽になりました。

鳩胸から尾羽へのつながりをシンプルに実現できた

胸の紙の重なりが心地よい


4. 脚
原作のフェニックスには何かドラゴン的なかっこよさを感じますが、それはなぜだろうかと考えたとき、大きな要因は脚の付き方ではないかという結論に至りました。
鳥類の脚はその大部分が胴の羽毛に覆われていて見えないことが多いのに対し、原作では太ももまではっきりと出ているためです。
そこで脚の根元近くを意図的に隠すようにしました。
またサギなどの大型の種類を参考に関節の位置などを決めました。
ただ鳥の膝は羽毛に隠れて見えないので、そのあたりを想像するのはいつもながら大変でした。
また指先はいつものように爪を曲げたりする程度で、無難にいきました。
ただ、持ち上げている右脚の3本指の跗蹠(ふしょ)に対する角度はちょっとしたこだわりです。
接地している左脚とは曲がる向きが逆になっています。

支持用のワイヤーは左足に仕込んである


5. 尾羽
上で書いたように、新しく尾羽ができたので原作の見所である長い羽は、上尾筒と呼ばれる部分が飾り羽になっているという設定にしました。
これはクジャクの飾り羽と同じです。
紙が厚く、きれいに横向きに曲げたかったので原作のように細く折り返す工程は省きました。
フェニックスは縦方向に尾羽を曲げた仕上げのものが多い気がするので、すこし新鮮に見えるかもしれません。

仕上げの変遷を眺めてみるのもおもしろいかもしれません。

2013
2014
2016


以上、各部の造形についてでした。
おつかれさまでした。
全体を見ても、俗に「粘土」と呼ばれ「折っている感じがしない」と批判されそうな箇所もなく、かといって写実性を犠牲にしているわけでもない、現状ではほぼ完璧な説得力のあるかたちだと思います。

それにしても久しぶりの長文ですね。
最近は書いても伝わらないだろうなぁという半ばあきらめの気持ちで、このような長文は書いていなかったのですが、自分自身があとで見返すときに役立つのと、いつもに増して熟考を重ねたので文章にしてみました。








おまけに仕上げについての意見を少し。
折り紙する人向けです。
折り紙作品の最終的な造形においては、「2つのバランス」を常に考えながら進めることが重要だと思っています。
ひとつは「イメージバランス」、もうひとつは「つくり込みバランス」です。

「イメージバランス」は、目指すかたちを思い描いたイメージ上での各部のバランスのことです。
イメージとはいっても、正確さのためには漠然と頭のなかにあるものだけではまったく不十分で、対象についての知識を身につけたり、観察することが不可欠です。
仮に意図的にバランスを崩す場合にも、ここだけは押さえなければならないという箇所があるので、そこを見極めて押さえていく必要があります。
例えばアニメーション「千と千尋の神隠し」のヒロインである千尋は、頭でっかちで手足も細いですが、骨格的に齟齬が出ないように考慮して描かれているそうです。
また、なぜ正しいものから外すのかをしっかりと説明できるくらい意図をはっきりさせることも大事だと思います。
脚が短くなってしまったのか、遠近感を出すために意図的に短くしたのかでは、つくり込みでの対処も変わってきますからね。
思い描くイメージは対象そのものがいいのか、それとも作品の完成形がいいのかという疑問をもたれる方がいるかもしれませんが、どちらも必要だと思います。
私の場合は前者を重視しています。
後者のイメージは実際に手を動かしながら常に修正を加えながら、という感じです。

「つくり込みバランス」は、最終的な完成形での各部のバランスのことです。
イメージバランスから全体が外れていないことに加えて、情報量の密度が偏りすぎていないかなどを考慮する必要があります。
ただでさえあまり十分な長さではない脚のカドをたくさん段折りしてしまうと、そのパーツだけではよく見えても、全体のバランスがイメージバランスから外れてしまいます。
脚に指がないのに風切り羽の1枚1枚までつくり込んでも、脚がボトルネックになって全体の解像感はそれほど上がりません。
常に全体を俯瞰しながら進めていくことが大切です。
ただ、実際に紙を折ることで思いがけないかたちが出てくることも折り紙の魅力なので、もしイメージから外れた部分が出てしまっても、それに魅力を感じたのであればそこから新たにイメージバランスを考えてみるのもおもしろいと思います。

折り紙はともすると完成形よりも技術や過程のほうが重要視されるので、このような仕上げについての議論はあまりなされていない気もしますし、実際構造の検討に比べると最後どうにでもなってしまうような部分なので、”折り紙の本質”みたいなものからは外れてしまうかもしれません。
しかし折り紙の構造の自由度がここまで上がってしまった以上、もはやこの部分をないがしろにするわけにはいかないでしょう。
「いちおうそれっぽく調整しておく」のではなく、もっと意思をもって戦略的に仕上げに臨む人が増えてくれるとうれしいです。

仕上げについて思うことでした。


最後の最後に作品名について。
鸞というのは一説によると年をとった鳳凰のことで、青い色をしているそうです。




ORIGAMI CHALLENGE #25 に出展しました。