オリジナリティ

0. はじめに

近、私が折り紙でつくりたいかたち、表現したいものはかなり特殊なのではないかと思うようになりました。自分なりに現状を整理して、なぜそのようになったのか(あるいはなぜそう感じるようになったのか)考えてみたいと思います。

1. 「うまくなりたい」

 うまくなりたい」―だれでも同じかもしれませんが、私はずっとこのことを目標にしてきました。同じ作品を折るときでも、前回よりもうまくできるように常にフルパワーで取り組んできたのもそのためです。。その中での指針は、本に載っている作例でした。特にコンプレックス折り紙では最後の微調整がシビアで、そしてそもそもきれいに折れていないとその調整に入ることすらできません。このため作例の完全再現は決して達成できない夢だと思っていて、だからこそ何度も挑戦してきました。つまり私の関心事は紙をいかに扱うかという一点に絞られていたわけです。ものづくりで例えると、設計には興味がなく現場でうまく加工をしたいという感じでしょうか。

2. 技術の蓄積、そして意思

 たすら折り続ける中で身についたのは、一朝一夕では決して得られない経験値でした。そして徐々に作例を再現できたと思えるようになっていきます。作品を折り直したときの前作との違いが小さくなってきます。
 では、さらにその先は?―答えは、自分なりに「最後の微調整」に自分なりの工夫を凝らしてみようという私にとってはまったくもって自然なものでした。一般的にはアレンジといわれる作品の改造が始まりました。設計にも興味をもち始めたということです。

3. 観察、創作、相乗

 かしただ改造するといっても、やみくもに紙をいじくりまわすだけでは答えにはたどり着けません。なにしろ作者の方が練りに練った末に選ばれた折り方を変えようというのですから、自分の中に自分が作りたいかたちをはっきりとイメージする必要があります。そのために、作業の前につくりたい対象の資料を集めるようになりました。特に私の場合は、リアルさを追求したいという思いがあるのでここをおろそかにするわけにはいきません。
 そうして鍛えられたのは「限られた資源(原作のカド配置や割り当てられた紙の量などの制約)からいかにイメージに近い形を生み出すか」という、いわば部分的な即興創作の能力です。実際に数をこなすほどその高まりを実感できるようになり、一から新作を創作することも多くなりました。
 さらに観察力がついたことで、リアルな表現を模索していたはずが、無駄をそぎ落としてシンプルなかたちに落とし込むことができるようになってきました。センスが身についたと言い換えてもいいかもしれません。


バロサウルス(原作神谷哲史)の例。折り図にはない工夫を数多く施している。

手前ほど新しい個体だが、その差は一目瞭然。技術だけでなくこだわりのレベルも上がっている。

こちらはプテラノドン(原作川畑文昭)。右にいくほど新しい。元は同じ作品である。やろうと思えばここまで変わってしまうという例。

創作の鳥類3種。直線基調でシンプルではあるが自分なりに特徴はおさえてある。

4. 折り紙らしさ

 て、そろそろ冒頭の疑問について考えていきましょう。
 いきなり言ってしまうと、私のやりたいことはいわゆる「折り紙らしさ」に根本的に対峙するものだからではないかと思います。「折り紙らしさ」とは何かという点は大いに議論の余地があるところですが、基本的には折り紙ならではの線や輪郭を生かした造形に対して用いられていると感じます。そこからいくと私は、こうした直線などを排除して本物に見える(折り紙に見えない)ようにしているわけですから、必ず折り紙らしい折り紙からは離れてしまうわけです。
 これが私のオリジナリティではあるのでしょうが、周囲との温度差を感じる部分でもあります。

曲線に気を遣ったメタリフェルホソアカクワガタ(原作神谷哲史)。

アマガエル(原作神谷哲史)。原作でも直線は少ないが、この個体ではさらに顕著。

5. おわりに

 問に対する答えは出ました。しかし私はこの信念を変えるつもりはありません。結局のところ、なにがなんであれ私にとって造形の材料・土台が折り紙であることが一番しっくりきているのです。それが折り紙をする理由であってもいいと思いませんか?


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